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星野歯科の力

銀行はその決まり切った仕事の中で貸し手が必要とする情報を沢山入手することができ、別に時間をかけたり、トラブルに見舞われることなくその情報を知らせることもできたから、人に貸すお金を持っている者と、お金を借りなければならない者との橋渡し役として、利益を得たのである。
二〇世紀も後半になって、こうした銀行の有利さは足早に消滅して行き、世紀末の今では事実上、一つも残っていない。 誰でもーー大手銀行でも、中小の銀行でも、銀行家でなくてもわずかな費用で、融資を行うのなら必要となりそうな、その時点での金融市場のどんな情報も、また零細企業を除けばあらゆる企業の信用度についておよそ入手出来る統計的データのすべてが、自分の机の上で手に入るのである。
銀行が次第にのけ者にされる現象は、自動車関係の融資の分野から始まった。 銀行から借金するよりも、債務をコマーシャル・ペーパー(ディーラーの在庫維持や消費者の車購入に使われる)として、貸し出す資金を持っている一般の人々や企業に売ればいい、ということに自動車メーカーが気付いたのだ。
オフィス・ピルの風通しがずいぶん良くなったことで、コマーシャル・ペーパーのディーラーには窓口なんか必要なくなった。 まして大理石の床や現金支払い窓口も、天井の高いロビーも要りはしない。

銀行という仲介が要らなくなることは、それ自体が費用の節約になったそして資金調達の条件を自由にアレンジし、リアレンジすることでマーケティングの機会も増えた。 情報革命が進み、コマーシャル・ペーパーのディーラーが数を増すにつれ、自動車メーカー以外の企業も、銀行で借りるより安く、市場で資金を調達できるようになった。
一九七〇年代に始まったマネー・マーケットのミューチユアルファンドは、貸し出しに回せる預金を引き出させてしまうので「銀行システム離れ」を引き起こすとして銀行から非難されたが、もっと重要な「銀行離れ」は、銀行融資に取って代わるコマーシャル・ペーパーをファンドが買うことだった。 コンサルタントのE・フラシユは、その点について、こう言っている。
「仲介のプロセスが、自分のバランス・シート上で融資も投資も行って最大のリスクを引き受ける金融機関から。 他人のためにファンドを管理するプレイスメント・ファシリテイターの手に移った」と。
一九九〇年代にはコマーシャル・ペーパーと銀行融資の残高総額はそれぞれ五五〇〇億ドル、六〇〇〇億ドルと、ほぽ互角だった。 銀行は、コマーシャル・ペーパーの買い手に返済を保証するスタンドパイ信用枠を提供することで利益を多少は取り戻したが、しかしそれはいったん行われてしまうと商品化し、日本の銀行は採算のとれない価格でこの信用枠を提供して、狙っていた米国でのシェア獲得に成功したのである。
銀行に残るのは大企業への融資だけになればなるほど、借り手市場になって行く。 ファースト・ユニオン/フイデリテイのウォルフガング・シュールコフの思い出話。
「ある時、誰かがチェースの石油部の部長に言ったんだ。 「さぞ、エキサイティングな仕事でしょうねいつも大物ばかり、相手にしているんだから』。
すると彼はこう答えたんだ、『いやあ、連中は電話をかけてきて、一億ドル欲しい、ついては三〇日で五%払う』だからね」コマーシャル・ペーパーが最高のお客に対する銀行の短期貸し出しに取って代わるにつれて、銀行は各種の融資の中でも長期物を増やしていった。 コンサルタント会社マツキンゼー社のローウエル・ブライアンの報告によると、「一九八九年までに、商用地ローンとハイ・レパレッジ取引融資による金利純益が、銀行の税引き前収益総額二七〇億ドルの五〇%近くを占めた」という。
住宅ローンも重要性が拡大したが、不動産ブローカーの事務所で基本的に営業する「モーゲージ・パンカー」が、連邦住宅抵当金庫などの政府支援機関(従って、法律上、政府が保証するわけではないことは明らか)の経済性を侵食するにつれて、逆に減退していった。 私がこれまでに面会したことのある銀行家の中で二番目に優れた人物、投資銀行ドレクセル・パーナムのマイク・ミルKン(ストーン・コンテナ杜がいかにして借金を返したかを語る彼は、まるでトロイの包囲戦を語るホメーロスを思わせた)は、これまでなら銀行からしか借金できなかったような中小企業のためにでも、市場で資金調達ができることを発見した。

当時SEC委員長だった法律家のジョセフ・グランドフェストは一九九〇年に、こう言ったことがある。 「長期ターム・ローンは流動性のないジヤンクボンドにすぎない」。
ミルKンは丁重に反論する。 「利回りの高い債券彼は『ジヤンク』(くず)などとは絶対に口にしないは銀行のターム・ローンより信用度は高い。
何しろ市場のお眼鏡にかなったのだから」メザニンやがて大手銀行は、片隅で「中二階融資〈一ベンチャー企業が立ち上がったあとに必要とする中間期の資金融資、あるいは企業再建や買収の中間期の融資も指す〉」だけをする存在に追い込まれたことに気付いた。 初めに必要な資金を手形が売れるようになるまでの問、提供することで、ミルKンの言ったような最もリスクの高い取引を引き受けたのである。
だがこのビジネスも、シティバンク/パイアウトK銀行がユナイテッド・エアラインズのレパレッジによる買収〈一ーB〇。 買収先の資産を担保にした借入金による買収〉に乗り出して大失敗した後、一九八九年に音を立てて崩壊した。
数年前の呑気すぎた不動産融資と、一〇年前の馬鹿げた途上国向け融資に、このメザニン融資現象もあいまって、一九九〇年から九二年にかけて銀行システムは危機に陥った。 メザニン融資の好調期が、ある程度戻って来たのが一九九〇年代半ばで、そのころ大手銀行は、ディール・メーカーとして、M&Aのアドバイザーとして、さらにはFRBがグラス・スティーガル法第二〇条の陵昧な規定を根拠に同法の規制を免除されると認めたことを利用して、顧客のために証券も発行する存在として、投資銀行との競争に踏み切ったのだった。
そのため選ばれた道具は、グランドフェストの言う非流動的なジヤンクボンドの定義がそのまま当てはまる、大規模なシンジKト・ローンだった。 大手銀行はこれを、ほかの銀行だけでなく退職年金基金や保険会社にも、さらにバンク・ローンを小口で買うために形成される、急成長中の「プライムレート」のミューチユアルファンドにも、「細切れにして販売」する。

メリルリンチのダン・ナポリは、自分の部下の働きを外部から観察してこう言ったものだ。 「HLT(ハイ・レパレッジ取引)ローンは、今や有価証券よりも流動性が高い」シンジケート・ローンと言えばこの男、かつてのK、現在のチェース・バンクに務めるジミー・リーだ。
一九九五年現在でまだ四〇代初め、角張った顎とぼさぼさの薄茶色の髪が特徴で、この銀行でしか働いたことがない。 ダーラ・ムーアは退職直前に彼のことを、「リーの合図があるまで私たちは動かない」と評している。
リーはチェース子飼いの社員だ。 「私は一九七五年にWズを出て来た。
妻はクラスメートだった。 彼女はスカッシュ・テニスの選手で、ちょうどプリンストンのトーナメントに行かなければならなくなって、この銀行との面接の約束を私が代わって受けたんだ。

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